かつてのシルクロードの要所、中国は敦煌郊外の「莫高窟(ばっこうくつ)」は、19世紀末に大量の経文が発見されたのがきっかけで発掘された。大小500ほどの石窟内には、高さ約35メートルもの巨大な仏像から当時の様子を描いた壁画まで、数々の貴重な芸術作品が遺されている。
その始まりは、4世紀。やがて、航路の発達により敦煌が衰退するのとともに、莫高窟の存在は次第に忘れ去られていく。時を経て、さらさらさらと砂に埋もれてしまったのだが、その砂と乾いた空気が長年、石窟を密封に近い状態で守ってきたのだとか。仏像の優雅な眼差しや、壁に描かれた緻密で色鮮やかな絵を目の前にすれば、1000年以上の歳月が過ぎているとはとても思えない。神秘を覚えるほどの美しさに圧倒され、随所で深いため息をついていたのだが、案内してくれた研究者の方は、このままでは近い未来、石窟の一般公開を一部、中止せざるを得ない、と顔を曇らせた。
砂のなかで息を潜めていた石窟には、発掘以降、昔にも増して人が出入りするように。さらには1987年に世界遺産に登録されたことで観光客は急増したが、研究が進むにつれ、人が吐く二酸化炭素ですら壁画にダメージを与えると判明したのだそうだ。むろん、吐息に悪意はないが、禁じられているカメラを持ち込んでフラッシュを焚いたり、石像に直接触れたりという、マナーに欠けたふるまいも実は少なくない。できるだけ多くの人に石窟を見て欲しいとの関係者との思いとは裏腹に、ユネスコからの指摘もあり、今後の対処に迫られているのだという。
世界遺産ではないものの、近くには「鳴沙山(めいさざん)」という美しい砂丘が広がり、朝夕には神々しい景色を見せてくれる。しかしながら、莫高窟と合わせて観光客が大挙し、昼にはスピーカーの声が響き渡る大賑わい。身勝手だとは知りながら、これ以上、この地の素晴らしさを世間に広めていいものかと思ったのが正直なところである。研究者の方は冗談交じりに笑っていた。「大変ですよ。保存には人手もいるし、お金もかかるんですから」。
世界遺産をめぐる、縄文の遺跡群の歩みはまだ始まったばかり。登録に至るまでの道は、決して短くはない。しかしながら、登録が実現した後の道はもっと長い。否、終わりがないのかもしれない。莫高窟の研究者の方のやわらかな表情とともに、石窟のなかで感動のため息を我慢したことを、最近になって思い出した次第である。