昨年秋、世界遺産に認定された直後の、中国は福建省の土楼群を訪ねた。厦門(アモイ)から車で、幾山河越えの5時間。厚い土壁で作られた方形、円形の土楼が並ぶさまは、どこか不思議の国を思わせる。
かつて上空から衛星がとらえた写真を見て、ロケット基地かとNASAが誤解したとの噂も聞いたが、実際は黄河流域から南下してきた客家(はっか)と呼ばれる人々が暮らす、集合住宅である。直径100m近い円楼など、なかには数百人もの人々が暮らしていた建物もあったが、ひとりっ子政策や若者が都市へ流出したことで、昔ほどの賑わいはないのだという。
旅人にとって朗報なのは、その空き部屋を利用して宿を営んでいる土楼があること。水回りを含めて決して設備が整っているとはいえないが、生活のざわめきをBGMに部屋でぼんやりとくつろぎ、世界遺産のなかに滞在する、ほかではできない贅沢を味わった。加えて、根っからの食いしん坊にとってもっとも麗しかったのは、朝昼晩の食事前のひとときである。
今なお複数の家族がいるため、あちこちから中華鍋をたたく音が聞こえ、食欲そそる旨そうな香りがふわりとただよってくる。夕刻、匂いのなかにひたりながら上階の客室前の欄干から土楼のなかを見下ろし、大勢の家族があたりを行き来していたかつての光景に思いを巡らす時間が、愛おしかった。質素を良しとする客家人は化学調味料を使わないため、土楼内で放し飼いにされた鶏や無農薬野菜の料理は、我を忘れたほどに美味なり。滞在中、ひとまわりもふたまわりも成長してしまうおまけもついた。
ウサギの醤油煮込みも食べたのだが、そういえば、三内丸山遺跡からはノウサギの骨が見つかっていたはず。縄文人たちは、どうのように調理していたのだろうか。魚の骨もまた、数多く出土されたのを知り、最近、東京の鮨屋で「青森のヒラメです」と誇らしげに出されると、縄文人も食べていたのだよと、自慢したくなる。
遺跡のなかで青森のとびっきり旨い魚を焼いて観光客に食べさせるのは無理かもしれないが、香ばしい香りが遺跡内に漂えば、5000年前の豊かな食生活がよりリアルに感じられるような気がしてならない。食いしん坊が描く、わがままな夢である。