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連載企画

世界の"世界遺産"から

第5回 古き物を古きままに継ぐ英国流 2009年3月16日

イギリスを訪れるたび、いいなあと思うのは、長き時を経た物に対するイギリス人のスタンスである。たとえばロンドン塔やエディンバラ旧市街といった世界遺産を含め、遺跡や古い建築物はどこも、過ぎるほどに修復されていない。新築同様の完全無欠な復元は見られず、また、朽ちたままに保たれている箇所ほど魅力的に目に映る。寺院や城の回廊も、古くはローマ時代に造られた歩道も、すりへって丸みを帯びているのだが、だからこそ、そこを踏みしめれば、古の人々へと思いが飛ぶ。11世紀に建築された古城ホテルに泊まった際には、スタッフが崩れた城壁を指さし、「これは、クロムウェル軍攻撃の名残なんですよ」と。クロムウェルが歴史の舞台でスポットライトを浴びたのは、17世紀中頃のこと。妙に味のある景色ながら、350年以上も放ったらかしにしているのですかと、あの時は思わず笑ってしまった。

その古城同様、エリザベス1世の猟館や、亡命時のルイ18世が暮らした館など、宿泊施設として滞在できる文化遺産は少なくない。また、1617年以来、新しい建築物が建てられていないカースルクーム村をはじめ、歴史的に見て極めて貴重な場所で、ごくごくふつうに暮らしが営まれていたりもする。建物のみならず、郊外を車で走れば見飽きるほどにクラシックカーが走っていたりと、古き佳き物を宝箱にしまうのではなく、愛おしみながら使い続けている場面とよく遭遇する。

観光地が妙に賑々しくないのもまた、イギリスの魅力。たとえば、世界遺産のひとつであるストーンヘンジのまわりも、ぐるり通路が造られているだけで、そっけないほどになにもない。説明の看板すら立っていない。その代わりに活躍するのが、イギリスのみならず欧米の観光施設ではお馴染みの、各国の言語を揃えた音声案内。小型ラジオにも似た機器を首から提げ、要所要所で説明を聞きなが歩く。その解説は非常に丁寧な上、時にドラマティックな演出が施され、歴史の渦中に迷い込んだかのようなリアリティを覚えることすらある。

むろん、ガイドさんとやりとりしながら巡るのも楽しいのだが、状況によっては依頼が許されない場面もあるだろう。これからいっそう増えていくと想像される海外からの旅行者に対応するためにも、縄文遺跡をはじめ、日本でもご検討いただきたいサービスである。個人行動を好む欧米のスタイルにも合っているのかな、と思う。また、わたくしのように、随所でひとり妄想、が好きな偏屈な旅人とっても、ありがたい存在なのだ。

プロフィール

山内 史子

紀行作家。1966年生まれ、青森市出身。

日本大学芸術学部を卒業。

英国ペンギン・ブックス社でピーターラビット、くまのプーさんほかプロモーションを担当した後、フリーランスに。

旅、酒、食、漫画、着物などの分野で活動しつつ、美味、美酒を求めて国内外を歩く。これまでに40か国へと旅し、日本を含めて28カ国約80件の世界遺産を訪問。著書に「英国貴族の館に泊まる」「英国ファンタジーをめぐるロンドン散歩」(ともに小学館)、「ハリー・ポッターへの旅」「赤毛のアンの島へ」(ともに白泉社)、「ニッポン『酒』の旅」(洋泉社)など。

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