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連載企画

世界の"世界遺産"から

第6回 謎ゆえに夢が見られるマヤ遺跡 2009年3月30日

中央アメリカに点在するマヤ関連の遺跡は、現在、8件が世界遺産になっている。そのすべての礎となったのは、紀元前12000年頃にベーリング海峡を渡り、遙か彼の地までたどり着いたモンゴロイド。すなわち、マヤ人たちのご先祖さまは、我々と極めて近いのだという。やがて紀元前16世紀ごろから村落が形成され、その後、都市へと発展するが、統べる王国を持たないまま10世紀前後には衰退し、16世紀、スペインの征服により致命的ともいえる打撃を受けた。

マヤと聞いて多くの方が思い描くのは、生贄の心臓を天に掲げた、凄惨な儀式ではないだろうか。昨年末、メキシコのマヤ遺跡を訪れたわたくしも、当初は原始的なイメージを抱いていたのだが、建築技術や現代とほぼ変わらない正確さを誇る天文学など、彼らの高度な知識に、そこかしこで驚愕。さらには、残酷に思えた生贄の儀式が、神や自然を畏れ敬うがゆえだと知る。豊かな、とは言い難い乾いた大地やジャングルを眺めて、抜けるように青空の下で、神々の世界へ続くと思われていた地下の鍾乳洞で、当時の人々の姿を思った。

マヤ文明の発掘や研究が進み、現在、その衰退は自然災害や環境破壊ほか複合的理由によると考えられているが、文字の記録がほとんど失われているため、いまだに謎の方が多いといっても過言ではない。この謎の存在こそが、一番の魅力。さらには、文化水準の高さと緑に埋もれた状況のギャップが創り出す神秘性が、大いなる好奇心を呼ぶ。手塚治虫氏をはじめ、マヤ文明に刺激されたアーティストは多い。なかにはマヤ人が宇宙からやってきたなどというとんでもない誤解もあるが、それだけ想像をかきたてられるのだろう。すべてが明るみになっては、夢見る余地も残されまい。縄文遺跡もまた、然り。“わからない事実”にこそ、訪れた人は魅せられるのではないか。石のカケラを前に、秘められた過去を推理する。上質なミステリー作品との対峙に勝るとも劣らぬ、エキサイティングなひとときだと思うのだ。

さて、6回に渡っておつきあいいただいたこのエッセイも、今回でひとだんらく。4月に予定しているサハラ砂漠を含めて各国を巡り、皆さまとの再会を待ちながら、世界遺産コレクションの充実をはかりたい。

プロフィール

山内 史子

紀行作家。1966年生まれ、青森市出身。

日本大学芸術学部を卒業。

英国ペンギン・ブックス社でピーターラビット、くまのプーさんほかプロモーションを担当した後、フリーランスに。

旅、酒、食、漫画、着物などの分野で活動しつつ、美味、美酒を求めて国内外を歩く。これまでに40か国へと旅し、日本を含めて28カ国約80件の世界遺産を訪問。著書に「英国貴族の館に泊まる」「英国ファンタジーをめぐるロンドン散歩」(ともに小学館)、「ハリー・ポッターへの旅」「赤毛のアンの島へ」(ともに白泉社)、「ニッポン『酒』の旅」(洋泉社)など。

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