リビアの首都、トリポリから飛行機で1時間。セブハという小さな町を後にしてほどなく、行き先には乾いた大地と砂の山々が広がった。サハラ砂漠。アフリカ大陸の3分の一を占める、世界最大の砂漠である。そのまま砂ぼこりをあげながら車で奥地をめざし、案内すらない道なき道をたっぷり1日は進んだ頃、目指す世界遺産と遭遇した。
アルジェリアとの国境付近、これまで1300箇所以上も発見されているという壁画には、キリンや象、インパラなど、いわゆるアフリカの野生の王国的な動物たちが鮮やかに描かれているではないか。さらには弓矢を持った人間や、動物を追う犬、のんびりと往く牛も見える。すなわち、この地で狩や牧畜などを基盤とした生活が営まれていたのだ。
壁画から目を離して振り返れば、じりじりと太陽が照りつけ、砂と風雨が創り出した奇っ怪な岩が織り成す、人どころか草木の命の気配も感じられない景色。信じがたい話だが、かつてはこの地が緑の草原だったと、確かに検証されているのだそうだ。いずれも単純な絵柄ながら、なかにはドレスでおめかししていると思しき女性や踊る姿、結婚式の様子などもあり、暮らしの豊かさが伺い知れる。紀元前1万2000年頃から紀元前100年頃までの間。ガイドの説明から縄文と重なる時代とわかり、心は故郷へと飛ぶ。三内丸山をはじめとする遙かに離れた北の集落でも、似たような賑わいが繰り広げられていたのかもしれない。
なぜ、草原が失われたのか。その大きな理由のひとつは、文明の発展により、建築に必要な木々が大量に伐採されたため。いわば、人が砂漠を創り出したといっても過言ではない。一方で、トリポリの沿岸に残るローマ時代最大級の遺跡から隣国エジプトの神殿や墓所まで、数多くの世界遺産が発見に至るまで砂に守られ、往年のままの姿を保ってきたのは、皮肉なお話。
その砂漠で4日間、キャンプをしながら過ごしたのだが、人を寄せ付けない毅然とした美しさを放っていて、とにかく圧巻の眺めだった。これほどまでに地球の大きさを、自分の小ささを実感したことはない。リビアでは大規模な砂漠の緑地計画が進められているが、遠い、遠い未来、砂漠そのものがもし消え失せたら、それはそれで寂しい……。カダフィ大佐による厳しいお達しのおかげで酒が入手できなかったため、人間さまはマンゴージュースを飲みながら身勝手な思いを巡らせた。