三内丸山遺跡の低地からは大量の植物種子が出土します。これらは、縄文人が利用し、捨てたものです。それこそクリやクルミなど、すぐに種類が判別できるものもありますが、多くはルーペや顕微鏡で特徴を観察しながら種類を同定することになります。
これらの種子の中で最も量が多いものがニワトコです。沖館川に面した斜面では10cm近くも層となって堆積していました。ニワトコは青森県ですと初夏に赤い小さな実がなる低い灌木です。いまでも見かけることがありますし、三内丸山遺跡の中にも現在でもたくさん生えています。しかし、残念ながらこのニワトコの赤い実は食べることはできません。毒があるとも言われています。私も食べてみましたが、とてもまずく飲み込むことはできませんでした。でも縄文人はニワトコの実をたくさん利用していました。そこで浮上してきたのが、「ニワトコ酒説」です。
発掘開始当初から調査指導を御願いしている環境史が専門の東京大学の辻誠一郎さんはお酒をこよなく愛する研究者ですが、早い段階からニワトコ酒説を主張していました。その理由は、たくさん出土するニワトコの種子の中に、キイチゴ、サルナシ、ヤマグワ、マタタビ、ヤマブドウなどが含まれ、ニワトコが出土している他の遺跡でもそり組成が同じであるとしています。これらの実を収穫し、乾燥した後決まった配合で煮出し、それを発酵させた、と考えています。秋田県ではこれらの種子の絞り滓と考えられるものが実際に見つかっています。また、発酵した果実に集まるショウジョウバエのさなぎもたくさん出土しますので、何かしら発酵物を造っていた可能性は高いと思います。
縄文時代には酒がなかったというのが長い間定説となっていました。それは、狩猟採集民は酒を持たないと言われていたことによります。ですから、現代でも酒を飲む習慣がない狩猟採集民の社会に酒が持ち込まれると、さまざまな悪影響を及ぼすことが知られています。しかし、民族学者の現地調査により、狩猟採集民でも木の実を利用した酒を造る例が知られるなど、これまでの定説の根拠があやしくなってきています。ただし、日本では現在、果実の発酵酒造りの伝統は見られないことから、木の実を利用した酒造りを否定的に見る研究者もいます。これについても調べて見ると、あまり知られてはいませんがヤマブドウを発酵させたお酒が東北地方では造くられていることを確認しました。一口飲んでみると口の中にはヤマブドウの香りが広がり、なかなかの風味でしたがアルコール度数は高くはありませんでした。酔うためにはかなり飲まないと、と思った次第です。なお、ヨーロッパではニワトコの仲間を利用したお酒が現在でも造られています。
私はお酒はあまり飲みませんが、酒なしの人生が考えられない酒党の達人であればこそ、このニワトコの謎に迫ることができたのかも知れません。