皆さんご存知でしたか? 徳島県の山村には、畑でも、道でも川原でも、高速インターネットができる環境があると?
徳島県は テレビがデジタル化されるときに 関西圏からもらっていた電波が届かなくなるので 自腹でテレビ塔を建てようとしたのですが、全県あまねく行渡らせるには急峻な山地が多いこともあって、工事など費用面でむしろ安あがりな光回線にしたのだそうです。その結果、県下どこの山村でも、畑でも、道でも川原でも、高速インターネットができる環境が出現。
ニュースで見たのですが、そこへマイクロソフト社の偉い人が若者を引き連れてやってきました。
彼らは山村の古家を一軒借りて、徳島支社を開設。東京から派遣された若者たちが、使う人があまりいない高速ネット環境でサクサク作業ができる、道を歩きながらでも、川で釣りをしながらでもネットで作業ができると言って 新鮮な田舎暮らしをエンジョイ。農家の二階では、畳の上の大スクリーンにリアルタイムで映し出される東京オフィスの映像と打ち合わせが行われる最新鋭ITオフィスが、段々畑の只中にできてしまったそうです。
コンピューターが現れたとき、私は現代文明の凶器とばかりに恐れを抱いたものですが、この話を聞くと、実はコンピューターは 私たちを都市生活の呪縛から解放してくれる救世主になるのかもしれない と思ったりします。
少なくともスティーブン=ジョブスは はじめからそういうビジョンを持っていたのだろうなと、今になってようやくわかる気もします。
私の個人的な思いですが、スティーブン=ジョブスは、コンピューターが人間に提供できる全く新しい世界を、私たち凡人が見ていた地平線のはるか向こうにずっと見ていた という気がします。
古い農家の庭先でTシャツ姿の若者がノートパソコンを開きアラブや中国からの買い付けをしていて、老夫婦が畑仕事をする横にスカイプがあり、おばあさんはニューヨークの大学に行っている息子と会話をしながら草むしりをしている。農協の情報はスマートフォンでながれ、それを片手で操作しながら田植えの日取りを決めるおじいさん。
取り合わせとしては不思議に見えるけれどコンピュータは確かにこういう目的のためにもあるんだなと、私も遅ればせながら気が付きました。パソコンは若者を部屋に閉じ込めもしますが,解放もする両刃の剣、老人や障害のある人を社会とつなげる見えない杖でもあるんですね。
まあ、ジョブスが本当はどう考えていたかは私にはわかりませんが、少なくともゲイツの会社と徳島の取り組みは、新しい幸せのカタチ につながる希望をもたらせてくれたと思います。
産業革命以来 都会に絡めとられてきた若者が 故郷に帰ってくる?ことはそう簡単ではないにせよ、弥生時代以来 営々と造られてきたギュウギュウ詰めでガンジガラメの都市暮らしから 私たちは解放されるかもしれません。
どこでも好きなところで好きな時に仕事ができるのであれば、私はキャンピングカーに住んで 小川の畔や海辺や木立のわきに寝泊まりして絵を描き、山村の小学校でワークショップをして ハンモックで休憩、ノートパソコンを開いて編集者に絵を送る・・・あ~素敵に現実離れしているわ・・・・
いえいえ!私の生活は別として、そのような暮らしも現実になりえると、ゲイツもジョブスも考えたのではないでしょうか?
それはつまり、弥生以前の非定住暮らしに戻れるってこと?コンピューターが縄文時代への回帰を助けてくれるってことではないでしょうかね?

古の都 京都には鞍馬や北山 東山という 山里エスケープの歴史があります
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