長い冬が、雪解けの進行とともに舞台を春に移していく。津軽の人々が寒さを乗り越えた安堵感に浸るように、白神の山々も里から高い稜線へと春が駆け上がるのです。雪解け水が田畑に引き込まれ、人々が気合いをいれる季節は山もまた、新しい命が輝きだす季節です。冬眠のクマなども目覚め、深く深呼吸しているのだろう。
お客様から「いつの季節がいいですか」と問われることがあるが、私の答えは「いつも素晴らしい」である。「それでも・・・」との答えには困惑するが、そんな時には季節ごとの美しさについて説明することとしている。「春の素晴らしさは、命が動き出す様子は、植物も動物にも共通することで、多分、麦踏みをした畑に新芽が出揃う感動と同じかもしれない」と伝えることにしているのです。殊更にウスバカゲロウの羽のように脆く透けるようなブナの新芽が、太陽光に透けて輝く様子を見る時、胸のときめきを禁じえないのです。森の住人たちは、互いに生きることを分かち合いながら「いのち」を継いでいるように感じるのは、特にこの春に感じられる感動です。山野草が花を咲かせ結実するのを見届けるように高木のブナやミズナラなどが芽吹くからです。このような光景から自己主張の仕方は、私たち人間サマとは違うように感じられる。これは永いあいだ森を漂う体験をしたことから得られたことかも知れないが「躍動感」と表現するには短絡過ぎるかもしれない。そのような厳かな情景を一人だけ楽しむにはもったいない気持ちになり、誰かを誘い出したくなるのです。
雪解け水が大地の毛細血管から沈みだすような、小さな情景にも心が躍る季節は、私の体の血をも沸き立たせて止まない季節です。そう言えば、この時期のブナの新芽をあく抜きして食料にしたと聞いているが、いつの時代からの知恵なのか定かではない。少なくとも感動や英気を与えてくれる彼らを食べようと思うことはない。