オリンピックまで、もうすぐ。会期の前後を含め、今年の夏はロンドンの景色がメディアにあふれるのだろう。トライアスロンが開催されるハイド・パークほか、屋外の競技会場には観光地も少なくなく、マラソンでは町散策気分を堪能できるおまけも。バッキンガム宮殿前からスタートし、昨年のロイヤルウェディングの際にもご紹介した、かつてのウェストミンスター宮殿「ビッグ・ベン」やウェストミンスター寺院、さらにはロンドン塔と、世界遺産を網羅する贅沢なルートで熱戦が繰り広げられる。
同じ世界遺産でも、ウェストミンスター界隈は華やぎの記憶が多く刻まれているのに対し、ロンドン塔の方は悲しみが色濃い。イングランド征服を果たしたウィリアム1世が、要塞としての建築を命じたのは1078年のこと。1282年以降は監獄としての役割も担い、薔薇戦争を経て幽閉されたヘンリー6世、わずか12歳で即位したものの弟とともに閉じ込められ行方不明になったエドワード5世、無実の罪で首をはねられたヘンリー8世の妻アン・ブーリンほか、数多の王侯貴族がここで無念の最期を遂げた。拷問部屋なるものもあり、宗教弾圧が激しかった頃には、さぞかし無残は光景が展開していたことだろう。イギリス随一の幽霊スポットとして知られているのにも、納得なのである。
敷地内を歩いて目についたのは、ジン「ビーフィーター」のラベルでも知られる衛兵と、放し飼いの大きなワタリガラス(現在は飼育舎で管理されているらしい)。華美ではない建物と見事に調和する漆黒は、おどろおどろしい過去を象徴しているようにも思え、かなりびくびく。とはいえ、伝説の王アーサーが姿を変えた、カラスいなければロンドン塔が、果てはイギリスが崩壊する、という言い伝えもあり、今でも大切にされているようだ。
アーサー王の足跡はイギリス各地に残っているし、幽霊話も観光の目玉になるほど多い。妖精や魔女の話も含め、西ヨーロッパの国々と比べて、イギリスには「不思議」が多々継がれているような気がするのだが、そういう意味では日本の、とりわけ青森を含む東北の感覚に似ているのかなあと。「指輪物語」やハリー・ポッターシリーズなど、世界中で愛されているファンタジー作品の多くがイギリス生まれなのも、現実と夢のはざまにある曖昧なものが受け入られる土壌ゆえなのかもしれない。
余談ながら、「ビーフィーター」を含むジンは、イギリスの乾いた風のなかで飲むと、2倍も3倍も旨さが増す。ウイスキーも、また然り。オリンピック観戦の真夏の夜の友に、現地をリアルに思う魔法の薬としていかがかしら。夢の向こうに行っちまう可能性があるので、感動の瞬間や世界遺産の景色を見逃さないためには、くれぐれも飲み過ぎにはご注意を。

曇りの日だと趣倍増のロンドン塔。
写真:松隈直樹

体長約60センチのワタリガラスは守り神。
写真:松隈直樹