ロンドンといえば雨、のイメージが強いかもしれない。しかし地球規模の気候の変化が影響しているのか、街中でにわか雨に降られるなんて最近では滅多にない。シャーロック・ホームズの物語や切り裂きジャックの事件といった、おどろおどろしい世界の趣が増す「霧の」という形容詞は、とっくのとうに昔。実際には霧ではなく、石炭の煤煙でしたしね。で、もうひとつ、大きく変わった素晴らしきこととして特筆したいのは、料理のお味である。
ロンドンを含めて「イギリスは不味い!」のは、世界の定説。だから行かない、という声も少なくない。わたくし自身もかつては、フォークが刺さらない魚のフライや、くたくたに煮込んだヘドロのようなグリーンピースと遭遇した経験がある。確かにあれは、別の意味で世界遺産級の代物だった。しかしここ10年ほどで、状況は180度方向転換した。そもそもイギリスは農業が盛んであり、海の幸にも恵まれている。とはいえ、プロテスタントの「美食は悪徳」という意識が、すべてを台無しにしていたとか(質実を良しとする、ヴィクトリア朝の教えの影響もあると思われるが)。
巷では健康志向が高まり、同時に食への意識も進化した。スーパー等で売られているオーガニックの食材は、日本以上に充実。濃い&多いのヘビー級だったパブ飯も様相を変え、美味を売りにした「ガストロパブ」なるものも人気を呼んでいる。フランスから修行に来たという、若手の職人にも出会った。彼曰く、フランスは味を混ぜるが、イギリスは重ねるから面白いと。というわけでここ数年、どこでなにを食べても、楽しいのである。幸せなのである。なのに「イギリスはおいしいの!」そう叫び続けても、皆さまの味気ない思い出を覆すまでには至らず。確かにわたくしはたいそうなホラ吹きではあるが、このことに関しては、ほんとうにほんとうにほんとうなのに……。
日本各地の名城を眺めるとき、緑の木々を排してタイムスリップしなさいとアドバイスされたことがある。弘前公園の桜のように和む景色の多くは明治維新以降のものであり、かつては不審者に気づけるよう、周辺はもっと見通しが良かったと。今のままの感覚で時を遡ると、縄文時代の光景だって違ってしまう。気温や地形から人々の意識まで、異なる条件を正しくインプットした上で想像する必要があるのだ。イギリスだって、また然り。
オリンピックで少しでも旅心がそそられたら、彼の国も変わりつつあるという事情を思い出して、気持ちにエンジンをかけていただきたい。王室という「変わらない存在」のおかげで保守的な感覚が際だっているように思えるが、ザ・ビートルズやローリング・ストーンズといった、革命児たちを生み出したのもまたイギリス。食の世界とて今後、世界遺産級のご馳走が登場しても不思議ではない。昔の印象を胸に抱いたままイギリスに足を向けないのは、金メダルをうっかりテムズ川に落としちゃうくらい、もったいないお話なのである。

ロンドンの築地市場的存在「バラ・マーケット」はあらたな観光名所。
写真:松隈直樹

併設のレストランで出会った舌平目。むっちりふんわりで卒倒しそうに。
写真:松隈直樹