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連載企画

小山センセイの縄文徒然草 小山修三

第16回 語り部のちから 2012年9月20日

グランドキャニオンの観光中に嵐に出会った。遠くから一塊の雨雲が向かってくるのが見えたかと思うと、あたりが暗くなり、稲光が走って篠突く雨。30分もすると晴れてしまったのだが、泥水が道路にあふれだし、崖からは滝が現れた。モンスーン期の現象だと言うが、砂漠的な気象の猛威に驚くばかりだった。

北アメリカ内陸の西側にあるコロラド台地の縁部に位置するこの地では、何億年もの間、沼や海辺の環境のなかで安定してバウムクーヘンのように堆積されていた地層が、約6000万年前の大陸の衝突によってずたずたに乱されてしまった。そして、その後の浸食作用で柔らかい砂岩や泥岩は、水にとけて洗い出され、硬質の岩だけが残っているのである。

見渡す限りの断崖絶壁というこのふしぎな景観は、人を魅了してやまないらしく、毎年何百万という人が観光に押し寄せている。1919年には国立公園、1979年には世界文化遺産に指定され、交通、宿泊、医療、みやげもの店など政府や地元の受け入れ体制も万全である。とくに最近は、野生動・植物の保護やゴミを持ち込まない、リサイクルをこころがけるなど、エコロジー志向が打ち出され観光客にも浸透している。そんな中で大きな役割を果たしているのが博物館機能をもったビジターセンターや遺跡におかれた博物館である。

奇妙な形をした岩を訪れることは観光のアトラクションの1つである。ところが、これはパイプオルガン、手袋、羊、メキシコ帽などという説明は、じつに即物的でつまらない。しかし、ナバホ族の地域では語り部がいて、部族の創造主や悪魔の犬などについて語る。これは、新参の開拓者と先住民の差だといえるだろう。自らの地への愛着を語り知らしめること、それが観光のもっとも大切なことだと思う。

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プロフィール

小山センセイの縄文徒然草

1939年香川県生まれ。元吹田市立博物館館長、国立民族学博物館名誉教授。
Ph.D(カリフォルニア大学)。専攻は、考古学、文化人類学。

狩猟採集社会における人口動態と自然環境への適応のかたちに興味を持ち、これまでに縄文時代の人口シミュレーションやオーストラリア・アボリジニ社会の研
究に従事。この民族学研究の成果をつかい、縄文時代の社会を構築する試みをおこなっている。

主な著書に、『狩人の大地-オーストラリア・アボリジニの世界-』(雄山閣出版)、『縄文学への道』(NHKブックス)、『縄文探検』(中公 文庫)、『森と生きる-対立と共存のかたち』(山川出版社)、『世界の食文化7 オーストラリア・ニュージーランド』(編著・農文協)などがある。

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