ポルトガル料理が食べたいっ!
ただただ食欲のみにかられて出かけたマカオで予想外に魅せられたのは、教会や広場など世界遺産にも登録されているポルトガル統治時代の名残だった。ことに心を鷲づかみにされたのは、ファサードだけが残った聖ポール天主堂跡。火事で大半を失ったその姿が、過ぎ去りし時を物語っているようで切なく、建物前の階段に腰掛け、しばしぼんやり。やがて想いは、大航海時代に遙かヨーロッパからこの地へとやってきた人々へと飛んだ。
高校2年のときに素行不良がたたり、半ば隔離される形でイギリスでのホームステイへと送り出されたことがある。当初は親に対する不満でいっぱいだったものの、それなりに初めての海外生活を楽しんでいたものの、日ごとに郷愁はつのるばかり。耐えきれずに国際電話をかけたのだが、母親の声が聞こえた瞬間に涙があふれた。言葉を無くしたまま、受話器片手に泣き続けた。昔の旅人を想うとき、いつもあの情けない自分が甦る。
いや、比べるのがおこがましいくらい、遠い東の果てを目指したかつての冒険者や宣教師たちは、胸に強い意志を秘めていたであろう。たとえ船に乗り込んだことを後悔したとしても、容易に故郷へと帰れるわけではなかったのだから。それでもなお、恋しい家族や友に別れを告げた……。そんなこんなを考えながら毎度、視界がにじんでしまうのだ。わたくしには、それほどの勇気はない。地図もなにもない縄文時代なら、さらに無力。帰り道が約束されている冒険にしか出られない、臆病な旅人である。
えっ、カジノ?
妄想を満喫した後、もちろん行きましたとも。臆病なのに、賭け事は大好き。若い頃は勝つまでやらなければ気がすまないダメダメ人間だったがゆえに、実は会社を辞めてフリーになる際、パチンコにも競艇にもチンチロリンにも二度と手を出さないと、かたく誓った。しかしながら、ディズニーランドよりも眩しいカジノのネオンに、かんたんに負けちゃったのである。
挑んだのは、スロット。3000円ほどすったところで、クレジットカードのキャッシュディスペンサーが視界に入った。とたんにマシンに吸い込まれてしまいそうな気分になり、心臓がキュウッ。億万長者になる野望をあっさり捨て、すたこら逃げ出したのである。弱い。あまりにも弱すぎるっ。
ポルトガル料理のなかでもっとも好きな、じゃがいもとあさりの煮込みをもぐもぐしつつ、ふんじゃまねえ己をあらためて嘆いたのはいうまでもない。いまだ独身、結婚という大航海に出ていないのも、このふんじゃまなさゆえと、涙。

世界遺産のひとつ、聖ポール天主堂跡。1582~1602年に建築され、1835年に火事で焼失。
写真:松隈直樹

マカオのカジノの象徴ともいえる「リスボア」の存在感もまた、世界遺産級。
写真:松隈直樹