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連載企画

世界の"世界遺産"から

第43回 南アフリカ・ロベン島に見た希望。 2013年1月8日

南アフリカ共和国第2の都市ケープタウンの沖合、約12キロの距離に、ロベン島という小さな島がある。アパルトヘイトの時代、島全体が要塞のような監獄となり、ネルソン・マンデラ氏をはじめとする政治犯が閉じこめられていたことから、負の証しとして世界遺産に登録された。現在は元囚人の案内で観光客が内部を見学できるようになっているのだが、ケープタウン滞在中、島へと向かう高速船は予約がいっぱいで、願いが叶わなかったのは残念。しかしながら実はこの島、マンガ好きのわたくしにとっては、昔から馴染みがあった。というのも、あの超人スナイパー、ゴルゴ13がその力を発揮した場所だから(50巻/81巻)。

ともに1980年代という、まだロベン島が闇に包まれていた頃に発表された作品であり、あくまでもフィクションゆえ、刑務所の様子は想像の範疇を出ないが、その過酷な環境は窺いしれた。周辺の海は荒く、サメもうようよしているため、脱獄は至難の業というエピソードも、容赦ない展開とともに記憶に刻まれていた(ゴルゴ13も最初はヘリコプターを利用したが、2度目は泳いで帰還したらしい)。で、今回、ケープタウンの高台にのぼり、なにげなく海を眺めていたその先にロベン島があり、目が釘付けになったのだ。

岸からの距離そのものは知識として頭のなかにあったものの、実際に目にしてみれば、小さなボートに乗って気軽に出かけられそうなほどに近く感じる。故郷の記憶でたとえるなら、青森湾に浮かぶ漁り火よりも近く思えるくらい。島の灯台やサーチライトが主張していた当時は、より存在感を放っていたはずだ。口をつぐんだまま虐げられていた人々にとって、その光は恐怖だったに違いない。あるいは耐えている仲間がいる、という希望を抱いたのか。過去の景色に思いをはせてふと現実にかえれば、地元民や観光客が入り交じって大西洋に沈む夕陽を眺める、オレンジ色の穏やかな光景が広がっていた。

2010年のワールドカップで南アフリカが注目を浴びた際、治安面での不安がメディアに取り上げられていたのは記憶に新しいが、今やケープタウンは、世界各国の人々にとって屈指のリゾート地として人気なのである。もちろんどこの町にだって、通りすがりの旅人には見通せない裏の表情が隠れているものだが、繁華街からビジネス街、郊外まで自分の足で歩いてみた限り、最初抱いていた緊張感はあっけなくほぐれた。というよりも途中から仕事とはいえ、昼間っから安心してたっぷりのんだくれていたほど、すっかりリラックス。巨大なショッピングモールやエレガントなホテルが建ち、家族連れで賑わうウォーターフロントでは、ストリートミュージシャンが奏でるマリンバ(アフリカが起源とされている)のあまりにもやさしく心地良いハーモニーに涙があふれた。人の力ってすごい。苦難のときも、こうやって変わっていくんだなと、しみじみ思わされた。過去を愛しむ世界遺産もあれば、二度と戻らないために守るべき世界遺産もあるんだなとも。

年末になってまた、マヤ歴の話が取りざたされているが、前にもお伝えしたように、彼らの認識において、「終わり」は次の始まりにすぎない。また、占星術によれば、ここ数年の星の配置が告げているのは、世界的な変革の時期だということ。だとすれば、明ける年がより良く変わる未来への始まりとなりように。南アフリカで目にしたまた別の「希望」のお話は、引き続き来年に。まずは皆さま、どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。

ロベン島は1999年に世界遺産として登録された。
写真:松隈直樹

 

演奏にかわいいプレイヤーが飛び入り参加。
写真:松隈直樹

 

ケープタウンの夕景ポイント、シグナル・ヒルにて。
写真:松隈直樹

プロフィール

山内 史子

紀行作家。1966年生まれ、青森市出身。

日本大学芸術学部を卒業。

英国ペンギン・ブックス社でピーターラビット、くまのプーさんほかプロモーションを担当した後、フリーランスに。

旅、酒、食、漫画、着物などの分野で活動しつつ、美味、美酒を求めて国内外を歩く。これまでに40か国へと旅し、日本を含めて28カ国約80件の世界遺産を訪問。著書に「英国貴族の館に泊まる」「英国ファンタジーをめぐるロンドン散歩」(ともに小学館)、「ハリー・ポッターへの旅」「赤毛のアンの島へ」(ともに白泉社)、「ニッポン『酒』の旅」(洋泉社)など。

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