
縄文の女神はどのような姿で現れたでしょうか
安芸 早穂子作
初音ミクというアイドルをご存知ですか?そもそもはコンピュータの音声合成ソフトの名称でしたが、ヴォーカルの声にリアリティを与えるため作り出された女の子のイメージキャラクター「ミク」が今や実在のアイドルを凌ぐ人気の大スターになっています。
熱狂した聴衆が振るペンライトが 波打つ星のように揺れる向こう、ステージに立つのは立体映像のバーチャル美少女、「拡張現実」と呼ばれる現実の虚構にファンタジーとリアリティを併せ持つ姿を与えられた幻の女神です。この光景を見てふと古代の精霊の祭りを思うのは私だけでしょうか?縄文土器や土偶に様々な姿で現れる精霊らしきモノ達は縄文人たちの拡張現実に住まうモノ、時にミクのような憧れの姿で彼らの前に立ち現れたのかもしれません。
パソコンのデータを預けておく見えない空中倉庫がクラウドと呼ばれ、若者はコスプレで物語の主人公に変身する。最先端の技術が作り出す世界観には実際、神話的イメージが見え隠れします。
また、コンピュータと人の関係が「直感的」であることを何より重要視したスティーブ=ジョブズが求めた夢の端末機は、気配や前兆にさえ素早く反応するサイキックなものだったかもしれないと考えると、今世紀のトレンドカルチャーはかなり物語性や精神性を帯びたもののように見えてきます。
もうひとつ、日本に住む私たちにとってのリアルな現実として、未だに生々しく記憶に残るあの大震災後の土地と人々の風景があります。テレビの映像で繰り返し見るその風景は仮想でも拡張現実でもなく、ただ、ただ信じ難い現実でした。
東北学を実践される民俗学者 赤坂憲男先生が語られた話では、震災後の土地のそこここでスピリチュアルな目撃談が語られ、霊的体験の新しい伝説が次々と生まれているということです。毎夕海岸へ通う人の心には、たとえ幻でもひとめ会いたい姿があるのでしょう。

イラスト
安芸 早穂子
ポップカルチャー隆盛のもと日常になったバーチャル体験と、夢にも思わなかった生身の人の非日常的な大災害体験の両方に、普遍的な人間の精神性が姿を現わしているのが、今の日本の風景なのかもしれません。
縄文人が自分たちの隣に精霊や神々を見ていたとすれば、それは被災地の人々が今も求め続けているのと同じ再会を夢見たからかも知れません。またはミクのような見果てぬ夢の女神を追ったからかもしれません。災害も起こせば豊かに恵みをもたらせもする自然と人々のあいだを取り持つモノたちは、技術と科学がそれに取って代わった現実で、私たちには見ようとしても見えなくなりました。
自然のサインを読み解いて心に響く言葉で伝えた古代のシャーマンたちとほぼ同じ役割を今の世界の私たちは道具と役割を分担しながらできるようにもなりました。スマートエンジニアリングやサイエンスの私たちが作り出したモノたちは、縄文人たちの心を導いたモノたちよりも、人の心の風景を優れて耕すことができているのでしょうか。
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