ナポレオンの生涯、帝政ロシアの激動、ポーランド分割の悲劇。西洋史における知識の多くをわたくしが得たのは、間違いなく池田理代子先生の作品である。少女の頃から幾度となく読み返し、毎回、同じページで泣いてきた。心を飛ばし、妄想にふけってきた。どの作品も優劣つけがたいほど愛しているが、なかでもうっとり度合いが高いのは、やはり「ベルサイユのばら」。男性として育てられた軍人オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ、使用人であるアンドレ・グランディエという架空の人物が、ルイ16世、マリー・アントワネット、スウェーデンの貴族ハンス・アクセル・フォン・フェルゼンといった実在の人物&史実に溶けこんで物語は進んでいく。マンガ好きでなくても、その存在はご存知だろう。タイトルを耳にするだけで心ふるえるわたくしは、万歩計(歩く距離に応じて、ドラマが展開)やカルタ(お正月の定番)、一筆箋(わざわざ請求書に添える)、トイレットペーパー(本日も使用)などなど、お宝を買い集めている。
物語の舞台はいうまでもなく、フランスの世界遺産のひとつ、ヴェルサイユ宮殿。長年憧れていたその場所に、ようやく足を踏み入れたのは今年の夏のこと。あまりの感動に、正面の門を目にしただけで、涙がこみあげてきた。パリの南西約20km。今なら電車で30分ほどだが、馬車なら数時間はかかるだろう。しかも、宮殿にしても敷地にしても、とてつもなく広大。途中でお腹がすいて、バッグのなかのチョコレートをつまんでしまったほど(パンもブリオッシュもなく)。ヴェルサイユだけが生きる世界だった王侯貴族にとってパリは、実際の距離よりも遙かに遠かったはず。庶民の暮らしに関心がなかったのも、感覚が狂ってしまったのも納得である。
内部は、とにもかくにも豪華絢爛。とりわけ心奪われた場所は、24のシャンデリアと357枚の鏡に彩られた「鏡の回廊」だった。蝋燭がともされ鏡に映るかつての景色を思ううちに、再び涙がこみあげ景色はぼんやり。ごったがえす観光客たちの姿は消え去り、華やかに着飾ったマリー・アントワネットが……あ、しまった、「ベルばら」について語りすぎたせいで、制限字数が尽きた! す、すいませんが、ヴェルサイユ宮殿に関しては、次回も熱く語らせてくださいまし~。

宮殿の西側 水の前庭。さらに西へと庭園はどこまでも続く。
写真:松隈直樹

人々が行き交った鏡の回廊では、目には見えない火花も散ったはず。
写真:松隈直樹