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連載企画

縄文探検につれてって!-安芸 早穂子-

第67回 東北・ウエールズ精霊譚 2014年3月25日
「精霊の舟」さし絵より

「精霊の舟」さし絵より

イギリスの地図を見ると大ブリテン島が大きく縊れている辺り、深くはいり込んだブリストル海峡とセブン川の広大な河口を見晴らす丘にアンクル=ロンは住んでいました。私の前夫の叔父であり子ども達には大叔父にあたる気さくな家族の人気者、アンクル=ロンの丘は古い炭鉱町のボタ山だったかもしれません・・・川を渡ればもうウエールズという県境の町はかつて炭鉱で栄え、今は年金で暮らす老人たちがパブで一日を過ごす静かな集落です。

ロン叔父さんを訪ねるときは、まず家に行くよりパブに行って探します。ロイヤルフォレスター、町でも指折りに古いそのパブのカウンターで叔父さんはたいがいラフサイダーという地元だけしか出回らないどぶろくのりんご酒を飲んでいました。
素敵な飲み心地に気を許すと たちまちぶっ倒れる強いお酒を、元炭鉱夫の屈強な老人たちは談笑しながら日がなちびちび呑み暮らすのです。
パブの窓からは「わが谷は緑なりき」という映画のとおり、森と山々の緑の起伏が地平線まで続くウエールズの風景が見渡せます。
ロンドンやバーミンガムで起こった産業革命とそれに続く近代化の荒波の下、先住民ケルトの文化が豊かに残された山谷は黒いダイヤとよばれた石炭の採掘場となり、ウエールズ語を話す人々には英語教育が強要され、多くは炭鉱夫として近代国家の労働者階級に組み込まれていきました。

英国王室の王位第一継承者が名乗るプリンス=オブ=ウエールズのタイトルは、侵入者アングロサクソンの国イングランドが歴史上最も手を焼いた隣国、先住民の国ウエールズを遂に平定した証として、土地に根ざした力を畏れ封じるための呪文でもあるかに映ります。プリンス=オブ=ウエールズの称号は征夷大将軍ととても似た背景を持っているのです。

こうして見ると、ウエールズとイングランドをめぐる歴史の構図が東北と東京の構図に妙に重なります。近代国家が誰にも止められぬ勢いで強靭な力を蓄え、都市に暮らす人々が欲にまかせた甘い生活を享受しようとする時、それを支えるための力は少なからず、近代以前の英雄たちの土地から調達されてきた、と考えるのはおかしなことでしょうか?

悲運の英雄アテルイと同じ有名な物語もウエールズにはあります。円卓の騎士を率いたアーサー王と伝説の剣エクスカリバーの物語は ウエールズの民であるブリトン人のアイデンティティでもあります。

映画「エクスカリバー」で、瀕死の王から「エクスカリバーを敵に渡さず湖に投げよ」と命じられる家来は、湖面から突き出た美しい精霊の手が飛ぶ剣を受け取め、再び水に沈んでゆくのを目撃します。ケルトの王の封じられた伝説は、忘れられることなくこうして今も美しい映像として語られています。

溢れんばかりの情報と工業製品に埋れて暮らす私たちにも、精霊の物語が生き続けていることは、多くの日本人がまさしく今、感じていることでしょう。あちこちで語られ始めた今遠野物語、死者の魂と親しく邂逅して暮らす被災地の人々は、近代化の集団ヒステリーで見失われていた古代の物語をもう一度生きているように私には思えます。

労働力と電力を東京に送り続けてきた東北、アーサー王伝説と同じパワフルな精霊の物語はそこでも語り継がれ、その土地を襲った歴史的な悲劇の中で再び息を吹き返しているかに思われます。東京で、お国言葉を奪われた人を支える土地の物語は、年月を経ても、また暮らしぶりがどんなに変わっても、饒舌に私たちの心に語りかけ、力を失うことはない。ときには英雄、時には魔物と呼ばれてきたその強靭な力は人間だけが暴走した時代を超えて、寄るべない人の魂に寄り添う精霊の物語として再び封印を解かれ、私たちを救ってくれていると感じる震災3年目の春です。

「ケルトの剣」アクリル画

「ケルトの剣」アクリル画

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プロフィール

安芸 早穂子

大阪府在住 画家、イラストレーター

歴史上(特に縄文時代)の人々の暮らしぶりや祭り、風景などを研究者のイメージにそって絵にする仕事を手がける。また遺跡や博物館で、親子で楽しく体験してもらうためのワークショップや展覧会を開催。こども工作絵画クラブ主宰。
縄文まほろば博展示画、浅間縄文ミュージアム壁画、大阪府立弥生博物館展示画等。

週刊朝日百科日本の歴史「縄文人の家族生活」他、同世界の歴史シリーズ、歴博/毎日新聞社「銅鐸の美」、三省堂考古学事典など。自費出版に「森のスーレイ」、「海の星座」
京都市立芸術大学日本画科卒業
ホームページ 精霊の縄文トリップ www.tkazu.com/saho/

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