この星に数ある世界遺産に決して優劣はないものの、感動のもたらし方は多様である。もっともわかりやすく心を揺さぶられるのは、エジプトのピラミッドやアメリカのグランド・キャニオンのように、人間あるいは自然が手がけた圧巻の姿を誇る場合だろう。目の前にした瞬間、小難しい登録理由や蘊蓄は吹き飛ぶ。あるいは京都や奈良の寺社、フランスのヴェルサイユ宮殿のように、深く研究せずとも歴史的な背景に馴染みがあれば、アプローチにもさほど苦労はない。
逆にあれこれ案内を読んでもピンと来ないが、現地を訪れると予想以上の感慨や好奇心がふくらむ世界遺産もある。その代表格は、白神山地か。守り継いでいくそのワケは、ブナ林のなかに足を踏み入れ、白神の恵みがもたらす山の幸や海の幸にふれて初めて実感できる。バリ島の世界遺産もまた、然りだった。
2012年、バリ島初の世界遺産が誕生したとのニュースを聞いたとき、大好きな場所だけに興味津々となった。しかしながら、「トリ・ヒタ・カラナの哲学を表現したスバック・システム」という名称からして、ちんぷんかんぷん。長年にわたり島に根づき、信仰や暮らしと深い関わりがある伝統的な水の配分システム「スバック」と、関連する景観が対象となっているようなのだが、おちゃらけた頭には理解が難しい……というわけで、飛んでみた。
まず訪れたのは、「ジャティルウィ(ほんとうに美しいという意味)」と呼ばれる、田園風景だった。舗装されていない田舎道を走った先には、あたり一面、緑の棚田の景色。細やかに重なる棚田の美しさには、説明なんて不要だ。眼に映るものばかりではない。周辺を包み込む、ゆっくりと流れる時間が胸にしみてくる。聞けば、登録以前から欧米の旅行者の間では、知る人ぞ知る眺めのいい場所だったそうだ。道端の小さな食堂に陣取り、素朴ながらも美味なる鶏料理「アヤム・ゴレン」と喉ごし軽やかなビール「ビンタン」を味わいながら、ひとときを堪能した。
蛇足ながら、バリ島で食べる鶏肉は屋台から高級店までハズレたためしがない。世界各国において、もっとも旨かったケンタッキーフライドチキンは、このバリ島の店(2位はエジプトと台湾が同列。あくまでも“当社比”の結果です)。世界遺産級に抜きんでている……とついつい話が食い気にそれたが、バリの世界遺産のお話は、引き続き次回に。

ジャティルウィの棚田。
写真:松隈直樹

煮込んだ鶏肉を揚げて仕上げるアヤム・ゴレン。
写真:松隈直樹