先日、いか飯で有名な北海道森町に所在する史跡鷲ノ木遺跡を訪れる機会がありました。鷲ノ木遺跡は縄文時代後期(約4000年前)の環状列石(ストーン・サークル)です。環状列石は石を円形に配置したもので、縄文時代を代表する記念物のひとつです。墓地やまつりの場と考えられています。鷲ノ木遺跡は直径約37mと北海道最大規模の環状列石で、約600個の石から構成されています。そして、隣接して集団墓地も見つかっています。
環状列石は東日本、特に東北地方北部に多く分布し、秋田県鹿角市に所在する特別史跡大湯環状列石は特に有名です。世界遺産登録を目指す「北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群」の構成資産の中には、大湯環状列石の他に秋田県北秋田市の史跡伊勢堂岱遺跡、青森市の史跡小牧野遺跡、そしてこの鷲ノ木遺跡が含まれています。
この鷲ノ木遺跡には特別な思い出があります。私が文化庁で文化財調査官をしていた際、この遺跡の保存や史跡指定に関わったからです。鷲ノ木遺跡は北海道縦貫自動車道の建設工事に伴う発掘調査で、平成15年に発見されました。ある日、環状列石が見つかったとの知らせを受け、急遽、現地へ向かうこととなりました。
実際に環状列石を見てみると、その保存状態の良さに驚きました。江戸時代に噴火した駒ヶ岳の火山灰に厚く覆われていたため、少なくとも江戸時代以降には人目に触れることなく、後世の撹乱を受けないまま埋まっていたことになります。縄文時代の状況に最も近い環状列石と言えるでしょう。「何とかこのままの状態で保存できないか」と思いましたが、この環状列石は高速道路の路線の中にすっぽりと入っており、すでに遺跡の前後は工事が進み、橋脚や地面の掘削が行われていました。遺跡を保存するため、途中まで進んでいた工事を中止し、遺跡を迂回するために大幅に路線を変更することは事実上困難でした。
しかし、北海道教育委員会や森町、そして日本道路公団(当時)の懸命の努力によって、環状列石の下をトンネルで高速道路を通すという工法の変更によって、遺跡を保存することが出来るようになりました。地域の方々からも、是非とも保存して欲しいとの熱い思いが多く寄せられたことも保存の後押しとなったと思います。平成18年には国の史跡となりました。
トンネルの天井と環状列石の間に余裕がないため、パイプを打ち込みながら、その中を人力で掘り進める特殊な工法を用いて、慎重に工事が進められており、来春には貫通する予定となっています。遺跡を保存することは簡単ではありません。地域や関係者の努力と協力があってこそ、はじめて可能となります。当時のことを思い出しながら、遺跡に立ち、現在世界遺産の候補となっていることを思うと、特別な感慨が湧いてきます。保存してよかったと地域の方々に思っていただけるよう、今後整備が順調に進むことを心から願っています。