ホーム > 連載企画 > 第60回 長崎の教会群、世界遺産登録へ前進!

このページの本文

連載企画

世界の"世界遺産"から

第60回 長崎の教会群、世界遺産登録へ前進! 2014年7月28日

前回に引き続きバリ島のお話をと思ったのだが、嬉しいニュースが飛び込んできた(バリは再訪の予感ありなので、未来にまたあらためて)。「北海道・北東北の縄文遺跡群」と同じユネスコ世界遺産国内暫定リストのひとつ、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」が去る7月10日、推薦候補として正式に選ばれたのだ。

以前にもその一部をご紹介したが(33回、34回をご覧くださいましな)、仕事で何度も訪れている上、個人的にも深く心を奪われた場所ゆえに、行く末が気にかかる。構成資産は、長崎市内の大浦天主堂を含め13件。広く県内に点在するなか、もっとも気に入っているのが、五島列島に連なる上五島町の頭ヶ島天主堂だ。大小の島々からなる町の人口は22000人ほどだが、頭ヶ島天主堂ほか29の教会が建つ。

一帯に密やかながら大きな転機が生じたのは、既に禁教令が敷かれた1797年(寛政9年)。開拓の人手が募られた際に、約3000人の潜伏キリシタンが本土から渡った。とはいえ「五島は極楽 行ってみりゃ地獄」という歌が残るほど、その後の暮らしは厳しいものだったという。それでもなお、信仰は守られ、継がれた。

頭ヶ島天主堂が建てられたのは、明治初頭の弾圧を経て、ようやく信仰の自由が許されてからの1887年(明治20年)。1917年(大正6年)には、今ある石造りとなった。そのどっしりとした風貌とともに特徴的なのは、パステルカラーの内観。聖母マリアの象徴、野ばらと思しき白い花も梁を彩り、やわらかな空間を構築している。

上五島をはじめ長崎の教会に共通するのは、世俗とアルコールまみれのわたくしですら感じるやさしい空気だ。地域の信者のためのこぢんまりとした造り、礼拝の席に置かれた聖書やくたくたの座布団、祭壇を彩る花、質素ながら丁寧に手入れがなされた様子。降り積もった信者の皆さんの思いが、温もりを生んでいるのだろう。300年もの間、苦難に耐えながらも信仰が継がれてきた例は、ほかに類がない。世界に認められるのは喜ばしいが、一方で観光客で賑わう富岡製糸場の景色が胸をよぎる。

祈りの場である教会は、信者にとって“我が家”同様の存在。世界遺産という冠だけにとらわれ、単に見に来る人が増えるのは、家族の団らんの場に他人が土足で入り込むのと同じだ。訪れる機会があるなら、記憶の片隅に留めておいて欲しい。でもって毎度の蛇足ながら、教会とともに必ず体験していただきたいのが「五島うどん」。「地獄炊き」という釜揚げスタイルが定番だが、ふにゃあにも近い食感は名前とは裏腹な天国。凜とした感がある「稲庭うどん」をはじめ、つるん&しゃきっに慣れた北方面の皆さまなら、びっくりと幸せ倍増のはずだ。

信者が周辺の砂岩を切り出し、8年がかりで完成させた頭ヶ島天主堂。 写真:松隈直樹

信者が周辺の砂岩を切り出し、8年がかりで完成させた頭ヶ島天主堂。
写真:松隈直樹

愛らしい色合いの天主堂内部。 写真:松隈直樹

愛らしい色合いの天主堂内部。
写真:松隈直樹

プロフィール

山内 史子

紀行作家。1966年生まれ、青森市出身。

日本大学芸術学部を卒業。

英国ペンギン・ブックス社でピーターラビット、くまのプーさんほかプロモーションを担当した後、フリーランスに。

旅、酒、食、漫画、着物などの分野で活動しつつ、美味、美酒を求めて国内外を歩く。これまでに40か国へと旅し、日本を含めて28カ国約80件の世界遺産を訪問。著書に「英国貴族の館に泊まる」「英国ファンタジーをめぐるロンドン散歩」(ともに小学館)、「ハリー・ポッターへの旅」「赤毛のアンの島へ」(ともに白泉社)、「ニッポン『酒』の旅」(洋泉社)など。

バックナンバー

本文ここまで