年末が近くなり、朝、夕の冷え込みが厳しくなるなか、熱帯に逃避したい気持ちが増す今日この頃。春、夏と今年は2度訪れる機会があったバリ島へと、せめて心だけでも飛ばしてみたい。
6月にご紹介したジャティルウィの田園風景に加え、「トリ・ヒタ・カラナの哲学を表現したスバック・システム」としてのバリ島の世界遺産は、寺院、湖、川の流域の景観から構成されている。水路に囲まれた「タマン・アユン寺院」もそのひとつ。訪れた際にはメルと呼ばれる屋根が層を成す塔が並ぶ不思議な光景はもちろんだが、水の流れる心地よい音と静かに祈る人の姿が印象深く胸に刻まれた。
「トリ・ヒタ・カラナの哲学」とは、バリ島の宗教であるヒンドゥー教の教義に基づくもので、人と神、そして自然、もしくは宇宙の調和を表す。旅の合間、そう教えられたものの、当初はそのイメージがあまりに壮大で、しかも哲学という言葉だけで難解のような気がして、思考が停止した。さらには……ヒンドゥー教とともに祖先を崇拝し、森や闇を司る神々や精霊を敬う、古くから継がれてきた独自の宗教観がバリ人にはあるとの話に脳内は混沌となる。しかしながら、理解への緒はより身近なところにあった。
島を散策していると、道端、自宅や寺院の祠に供物が捧げられているのを頻繁に目にするが、その供物を意味する「ワリ」が島の名の語源だともいわれる。歌舞や音楽もまた、神への捧げ物。観光客向けの舞台の前にも必ず、供物を捧げ、聖水で清める儀式が行われる。その様子を眺めながら、豊饒を祈る田楽をはじめ、そもそも日本の芸能も自然のなかの神々に捧げられてきたものだと思い出す。
また、青森なら白神や岩木の山に畏れを抱く一方、墓ではご先祖さまの御魂を思い、手を合わせる。そう考えれば、日本人も古くから人、神、自然の和を心の礎としているではないか。スバックという水の供給システムこそ独自のものだが、その背景に潜む意識には、多少なりとも共通点がある。バリ島の世界遺産への扉が、大きく開いたような気がした。
案内役のドライバーから、「バリアン」なる伝統的な占い師の存在を聞いたときには、世界遺産とはまた異なる共感の扉が開いた。結婚や出産、病にかかったとき。ことあるごとに、バリ人はバリアンのもとを訪れると話す彼は、これまで何度も、未来を的確に預言した奇跡を体感してきたとか。わたくしの故郷、青森にもそういう人がいる……そう答えるとドライバーは実に嬉しそうな笑顔を見せた。

世界遺産のひとつ、バリ島で2番目の大きさを有するタマン・アユン寺院。
写真:松隈直樹

芸術の村として知られるウブドで演じられていた「ケチャ」。
写真:松隈直樹