青い海を背景に白く煌めく円形劇場が建つ写真の景色は、どこからどう見てもローマ時代の遺跡である。では、イタリアを含むヨーロッパ大陸のどこかかといえば、さにあらず。ここは、地中海を挟んで反対側のリビア。首都、トリポリから1時間ほど車を走らせた「レプティス・マグナ」である。
地中海沿岸には多くのローマ遺跡が残るが、かつてのレプティス・マグナは交易で賑わう、北アフリカ最大の都市だったそうだ。もっとも栄華を誇ったのは、リビア出身の皇帝が君臨した3世紀初頭。しかしながら、ローマ帝国の衰退に加え、4世紀に起きた大地震の被害の影響もあって住民は去り、廃墟だけが残った。その上、第8回でご紹介したサハラ砂漠の砂が少しずつ降り積もり、17世紀に発見されるまで、ほぼ地中に埋もれていたのだから驚きだ。現在、発掘されている部分だけでも、半日以上かけたって網羅できない広さなのに。しかも、人間の欲が生み出したと言ってもいいサハラのおかげで、保存状態が極めて良好なのは皮肉なお話。ローマの歴史愛好家にとっては、たいそう心躍る場所となる。世界遺産でリビア有数の観光地、ではあるものの、ピラミッドのようにうじゃうじゃ人が訪れるわけではなく、現実からの乖離度がいたって高いのも、妄想好きにはたまらない。
のんびり歩きながら、羨ましくなったのは、浴場。蒸し風呂やプールのみならず、マッサージを受けられる施設や、風呂上がりにのんびり過ごせる休憩所まで備えられている。しかも、トイレは水洗。日差しはきついが、地中海から吹く風は極めて軽く心地よい。熱った体で一杯やったら最高だろうと、ついつい俗的な思いにかられてしまった。圧巻。マイクなしでもステージの声が響き渡る造りと聞いてパンと手をたたいたらば、やわらかな木霊に包まれた。4000人もの客を収容できたという劇場には、カメラマンとガイドとわたくしだけ。もっとも高い2階の座席(本来は3階建てだったそうだが)に腰掛けて、満員御礼だった時代を思う。遺跡の独占は、すこぶる贅沢な気分。
実は新年早々に三内丸山遺跡を訪れた際、似たような状況に遭遇したことがある。空も地面も真っ白で、あたりはしーんと静まりかえるなか、ひとり六本柱と向き合った。三内丸山遺跡の休館日は、年末年始のみ。混み合った神社に行くよりよほど神聖な趣にあふれ、感慨深かった。ご興味ある方は、ぜひとも(寒さ対策は万全で!)。