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連載企画

縄文探検につれてって!-安芸 早穂子-

第79回 浸透する器という展覧会 2015年5月28日
浸透する器 大西康明 京都造形芸術大学芸術館 ―縄文と現代 vol.3―

浸透する器 大西康明
京都造形芸術大学芸術館 ―縄文と現代 vol.3―

「あ、縄文の群像だ」と その部屋に入っていって思いました
白い展示ケースの中で その土器たちはいつになく静謐な面持ちで寄り添い佇んでいました

その日まで私は大西さんを知りませんでしたが、これを並べたのは考古学者ではなくて大西さんであるということが、私にはすぐにわかって なんだか不思議に安心したような平和な気分になりました
たぶん 土器たちがいつもより少し自由で ことば少なにぼんやりと立っていても文句を言われない 楽な気分を醸し出していたからかなと思います

白いケースの中の縄文土器たちは等伯の松のように驟雨にけむる林で立ち尽くしているようでもあり 少し恥ずかしげに互いをつつきあったりしているようでもありました
 
それらの縄文土器に引き比べて 大西さんが創りだした器は
実在しているのかすらわからないくらい透けて
静かに凍りつき結晶化していました

ナメクジが残す粘液の軌跡を指で触るとかすかに糸をひくように
それは糸を引いて重力の場からかろうじて持ち上げられた形骸のようであり
人の内部にしまわれた記憶に根を下ろす幻の器のようでもありました

2015年5月の摂氏25.6度の空気の中にあることに耐え切れず
姿を失って結晶化したイレモノが 漂うように浮遊してそこに在り
展示ケースの中のイレモノの群像にむかって何かを、注ぐのではなく、
しみじみと浸みわたらせていく様子を 私は長いあいだ見ていました

重力に身をまかせて床にひろがる自分の重み以外には何も受けとめず
内部にしまわれるはずの液体は浸み出てゆくままに何かを奪いながら
奪ったそれらを風景と地層の中に還しつづけている

トランスレーションこそが 
縄文土器の機能であるということに気がつくには
無邪気に直感で見抜くに限る
それができる人々は そこここにいるのに
そういう柔らかなものを売りわたしてつまらない形を買う人の方が
声が大きいんだな と、あらためて思いました

ケースの中に密封され 静かに並び立っている古代の人のイレモノ 
縄文土器はいくつもの世界が浸透するための器だと私も思います

過去と現代のイレモノたちは 大西さんが語ったようにやがてその外側が消え内側に湛えられたナニモノかは 浸みこんで見えなくなり
結晶化した時間の残像だけが そこに展示されているようでした

 

「浸透する器」と縄文土器が展示されるまでを動画作品でご覧頂けます。
Onishi Yasuaki – penetrating bowl

 

絵

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プロフィール

安芸 早穂子

大阪府在住 画家、イラストレーター

歴史上(特に縄文時代)の人々の暮らしぶりや祭り、風景などを研究者のイメージにそって絵にする仕事を手がける。また遺跡や博物館で、親子で楽しく体験してもらうためのワークショップや展覧会を開催。こども工作絵画クラブ主宰。
縄文まほろば博展示画、浅間縄文ミュージアム壁画、大阪府立弥生博物館展示画等。

週刊朝日百科日本の歴史「縄文人の家族生活」他、同世界の歴史シリーズ、歴博/毎日新聞社「銅鐸の美」、三省堂考古学事典など。自費出版に「森のスーレイ」、「海の星座」
京都市立芸術大学日本画科卒業
ホームページ 精霊の縄文トリップ www.tkazu.com/saho/

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