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連載企画

小山センセイの縄文徒然草 小山修三

第46回 オオカミと山火事 ―イエローストーン国立公園で考えたこと 2015年6月10日

5月に世界遺産であるイエローストーン国立公園を訪れた。1988年におきたイエローストーン国立公園の山火事は社会的にも話題になったが、生態学の分野にも大きなインパクトを与えた事件である。ぜひ行きたいと思っていたが何となく機会を逸してしまい、今回ようやく念願を果たした。以下はその印象記である。

1988年の夏、北アメリカ西部は異常気象に見舞われた。雨が少なくカラカラに乾いた天候が続き、山火事が頻発するようになった(最近のカリフォルニア州も同じ状態にある)。この公園では6月23日に最初の火事が発生し、7月に入ると各所から火の手が上がるようになる。当初は公園の消防組織だけで対応していたが、その後ボランティアや、州政府、連邦政府による増員を経て、最盛期の8月には軍まで動員されるという事態にまでなった。それでも収まらず、結果的には11月16日の大雪によってようやく終焉を迎えるのである。近代テクノロジーをもってしても人力は自然の力に敵わなかったのである。山火事は793,880エーカー(公園面積の36%)を焼いた。これによって生態システムが崩壊したと悲観的に考える専門家も多かった。

ところが自然の力はそんな心配を吹っ飛ばしてしまった。焼け跡の林床から草が萌えだし、やがて柳やマツ類が芽をふき、育つという教科書どおりの遷移による回復の道をたどっていることがわかった。植物相は生態系の基本をなすものなので、それに依存する動物相(獣のほか鳥や昆虫、魚類もふくめ)の乱れが心配され、植林の必要まで論じられたのだが、それは杞憂にすぎなかったのである。とくに獣類は回復段階によって数の増減はあるものの、種は保たれて変わらず、むしろ、バッファロー、シカなどが増えすぎて、周辺の農業に被害を与えるので「間引」が必要になったほどである。

山火事研究の成果の一つとして1995年にカナダからオオカミを導入することに踏み切ったことには驚きを覚えた。原生に近い環境、その生態系を再現するためには何が必要かを考えた最適な答えがオオカミの導入につながったのである。オオカミは人畜に被害を与える害獣として、積極的に駆逐されたので近年は公園内では姿を消していた。だから、危険すぎるのではないかという反対を押し切ったのである。現在のところ、被害もなく頭数も増えてこの冒険的な試みは成功したといえるだろう。大面積をもち、自然を守ろうとする意志の強いアメリカであればこそ可能であって、歴史や社会条件の違いを勘定に入れても、今の日本では無理だと思う。

火を自在に使うことは人類の特徴である。食物の煮炊きや暖房という身近な場だけでなく、火を放って自然をコントロールするという知恵と技術が人類の繁栄に貢献したことは明らかである。自然のままの環境(生態学で言う極相)の森は人類にはとっては非常に住みにくいものだ。私は狩猟採集の伝統を守るオーストラリア北海岸のアボリジニ社会で火を放って住みやすい環境(火極相)を作り出している例を間近に見た。日本でも縄文時代の農耕の萌芽期には火が大きな役割(たとえば焼畑)を果たしたと思う。花粉分析や土壌分析(クロボク)などにその手がかりが見えているような気がするが、より積極的な手がかりはないものだろうか。

(再生する森)火災にあったロッジポールパイン(マツ)の森は焼け残ったマツと新しいマツの群落が対照的な差をみせる。ロッキー山脈の典型的な風景の一つ

(再生する森)火災にあったロッジポールパイン(マツ)の森は焼け残ったマツと新しいマツの群落が対照的な差をみせる。ロッキー山脈の典型的な風景の一つ

(バイソンの群れ)まるで牧場のように見えるが自然の草原である

(バイソンの群れ)まるで牧場のように見えるが自然の草原である

プロフィール

小山センセイの縄文徒然草

1939年香川県生まれ。元吹田市立博物館館長、国立民族学博物館名誉教授。
Ph.D(カリフォルニア大学)。専攻は、考古学、文化人類学。

狩猟採集社会における人口動態と自然環境への適応のかたちに興味を持ち、これまでに縄文時代の人口シミュレーションやオーストラリア・アボリジニ社会の研
究に従事。この民族学研究の成果をつかい、縄文時代の社会を構築する試みをおこなっている。

主な著書に、『狩人の大地-オーストラリア・アボリジニの世界-』(雄山閣出版)、『縄文学への道』(NHKブックス)、『縄文探検』(中公 文庫)、『森と生きる-対立と共存のかたち』(山川出版社)、『世界の食文化7 オーストラリア・ニュージーランド』(編著・農文協)などがある。

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