【アボリジニのムラで】
はじめてオーストラリア中央砂漠に資料収集に行ったときのこと。朝起きて宿舎の戸を開けるとずらりと行列が出来ていたのでおどろいた。彼らはブーメランや木の実のネックレスなどを売りに来ていたのだが、なかにくすりをくれという人も何人かまじっていた。これは私だけの経験ではなく、アフリカなどで民族学者がしばしば経験していることである。政府の診療所があるのにどうしたことかといぶかしかったが、のちに仲良くなったムラのボスが「日本にはいい精力剤があるらしいが、持っていないか、最近どうも弱くなってなー」といわれた時ひらめいたことがある。それは、くすりに対しては常によりベターなもの、異界の力まで期待しているのではないかという思いだった。
【くすりの実効】
霊長類学者の西田利貞さんは、体調の悪そうなチンパンジーが日ごろは食べない植物を食べるのはそのくすりの効果を知っているからではないかと論じたことがある。よく似た行動はイヌやネコにまでみられるものなので、身体の不調や苦痛から逃れるためにくすりを使うことは動物から人間にまでつながっていると考えることができる。人間がくすりの知識を発達させてきたことは、世界のどんな民族にも見られることからもわかる。もちろん縄文時代にもキハダ、ニワトコなど独自の薬があった可能性はすでに述べたとおりである。
【くすりのプラセボ効果】
なかでも注目すべきことはくすりの実効だけではなく心理的な効果(プラセボ効果)を大きく取り込んでいったことだろう。もっと速やかに、よく効くものがあるはずだ。それは身の回りではなく遠い国や異界に存在するという思いにつながっていったのである。その一端は民俗誌によくあらわれている。日本ではクマノイ、高麗人参、オトギリソウなどがそれにあたるし、時代的には新しいが富山や奈良の売薬の行商が盛んであったことにも現れているのではないだろうか。
【なぜ遠距離交易が行われたか】
三内丸山遺跡には新潟県のヒスイ、佐渡島の黒曜石、北海道各地からの石材、コハク、アスファルトなど遠くから多くの物品が持ち込まれている。それは前期(6000年前)から急速に複雑化した縄文社会の力を示すものである。そこには儀礼、芸術、さらには宇宙観までをふくむ生活を反映されたものであったあったはずだ。
前回、民族学者の梅棹忠夫さんの「考古学者も補助線をつかえ」という言葉に従って、縄文時代の海と山の地域をつなぐ交易品として海藻を取り上げた。今回のくすりも遠距離交易品の条件である、高価値、軽い、かさばらないという条件を満たすので 同じ線上にあるとしてよいだろう。「見えない遺物を探す」という作業はこれからの日本考古学に新しい局面を開くことを期待したい。
◆参考文献
小山修三. “小山センセイの縄文徒然草: 第22回 縄文人のティータイム”. JOMON FAN. 2013-3-19.
小山修三. “小山センセイの縄文徒然草: 第23回 縄文医療と民間薬”. JOMON FAN. 2013-5-2.
小山修三. “小山センセイの縄文徒然草: 第24回 薬草について”. JOMON FAN. 2013-6-10.
津谷喜一郎. いろいろな分野のエビデンス: 温泉から国際援助までの多岐にわたるRCTやシステマティック・レビュー. ライフサイエンス出版, 2015, 172p.

(画像は、国立民族学博物館編.『オセアニア―海の人類大移動』 昭和堂, 2007 の表紙)