前回に引き続き、モンゴルのお話を……。ユネスコの無形文化遺産には、ゲルの暮らしに加えて「モンゴルの伝統芸術のホーミー」「モリンホール(馬頭琴)の伝統音楽」も登録されている。
ホーミーとは、声を自分の頭蓋骨で共鳴させながら歌うモンゴル独自の芸術。一度に2つの音階を発声できるため、金管楽器のような高音と木管楽器を思わせる低音が同時に響く。しかも演者が正面にいるのに、四方八方から立体音響サラウンド的に歌声に包まれるのが愉快だった。モンゴル人ならば誰でもできるというワケではなく、才能のある子供たちが音楽学校でその技を磨くという。
15年前、初めてモンゴルを訪れた際のこと、「ジャパニーズ・ホーミー」と称して芸を披露したことがある。著名な作家さん(知性派で知られるおふたり)をはじめとするのんだくれの一行は、胸をこぶしてたたきながら「われわれは、バルタン星人だ」とやってみせたのだ。草原に暮らすやさしい人たちは拍手で応えてくれたが、苦笑していたようにも思い、思われ……。
閑話休題、馬頭琴ことモリンホールは、その名のとおり、棹のトップが馬の頭の形をした弦楽器で、チェロのように足で支えて弾く。弓や弦には馬の尻尾の毛が使われており、幅のある音色は草原の軽やかな風とすうっととけあう。楽曲には馬のギャロップを彷彿とさせる躍動感のあるものが多く、トゥクトゥットゥクトゥッと、心臓の鼓動とシンクロする心地良さだった。
馬といえば、モンゴルの人たちが腰を浮かせて軽々と馬を駆る姿もまた、音楽同様に胸にしかと刻まれている。鈍くさいわたくしの場合、おそるおそるの緊張感が馬にも伝わるのだろう。何度体験しても、てっこらてっこらとのんきに歩かれ、心ひとつとはならなかったが、地上よりも視界が広がった草原の景色は忘れられない。平原の先へ先へと野望をかきたてられ、大陸を手中におさめた勇者たちの思いが少しだけわかるような気がした。
蛇足ながら、青森に対馬姓が多いのは、元寇の際に標的となった対馬からはるばる逃げてきた人の名残だと、島で聞いたことがある。モンゴルの草原に端を発し、青森まで至った物語。チンギス・ハーンがいなかったら、海を越えて攻めてこなかったら、必ずといってもいいほどいたクラスにいた「対馬さん」たちとは出会えなかったかもしれない。そう考えると、とてもとても不思議。

馬頭琴の演奏とホーミーの歌い手。写真から音が出ればいいのに……。
写真:松隈直樹

蹄をつけない馬は大地をやわらかく蹴る。
写真:松隈直樹