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連載企画

世界の"世界遺産"から

第81回 佐渡でふれた黄金色の夢の名残 2016年6月29日

2015年に長崎の軍艦島や鹿児島の旧集成館ほか、8県にまたがる施設、史跡が「明治日本の産業革命遺産」として世界遺産に登録されたのは記憶に新しいが、暫定リスト記載のなかにはもう1件、近代産業に関わる資産があるのをご存知だろうか。新潟県「金を中心とする佐渡鉱山の遺産群」だ。

えっ、佐渡の金山って、昔の話じゃないの? と、疑問に思う方がいるかもしれない。島内には大小10の金、銀山があり、代表格「佐渡金山」の本格的な開山は、関ヶ原の戦いの翌年にあたる1601年。地中に潜んだ輝きは江戸幕府の財政を支える屋台骨のひとつだったが、明治、大正、昭和と、その後も採掘は続けられていたのだそうだ。

終焉を迎えたのは、1989年。すなわち平成元年という、ごく最近のこと。歴史的な背景はもちろん、400年近くもの長きにわたり採掘された鉱山の例は世界を見渡してもほかになく、その技術が海外にも影響を及ぼしたことも相まって、世界遺産登録が推し進められている。

実際、現地には巨大な採掘の機械が残り、閉山時のままに道具が並んぶ工場は、今にも作業員がやってきそうな雰囲気だった。一方で1938年に建設され、その頃としては東洋一の規模を誇った「浮遊選鉱場」は緑に覆われていて、映画「天空の城ラピュタ」をも思わせる幻想的な姿に魅せられた。真夏でもひんやりとした風吹く江戸時代の坑道内では、鉱夫の作業の様子を電気じかけの人形で再現。その動きが実に自然で表情も豊かなため、思わず見入ってしまう。

地中に広がった坑道の長さは、約400キロ。最盛期には5万人もの人が、金を目当てにこの地に集まったという。「佐渡へ佐渡へと、草木もたなびくヨ。佐渡は居よいか、住みよいか」。民謡「佐渡おけさ」は鉱夫たちが歌っていた唄が原形だが、草木もたなびくほど多くの人を心を奪ったこの島には現在、また別のお宝が待ち受ける。わたくしが大好きな「北雪」(あのロバート・デ・ニーロも愛飲)をはじめ、5軒の酒蔵が醸す旨し酒である。

もし、金の延べ棒と美酒が入った一升瓶を目の前に置かれ、どちらを選ぶ? と聞かれたら、わたくしは迷わず酒を手に取る。輝きには間違いなく惑わされるが、金の延べ棒の重さは身をもって知っている。かつて都内某銀行地下室で持ち上げようとして(犯罪とは関係ありません)、腰に多大なるダメージを負ったのだ。ならば旨し酒を飲み、金を愛でながら酔っぱらった方がきっと、甘美な夢を見られるような……。

「浮遊選鉱場」は第二次世界大戦中、金の増産を目指して建設された。 写真:松隈直樹

「浮遊選鉱場」は第二次世界大戦中、金の増産を目指して建設された。
写真:松隈直樹

「道遊の割戸」は江戸時代に山をV字に削った露天掘りの跡。 写真:松隈直樹

「道遊の割戸」は江戸時代に山をV字に削った露天掘りの跡。
写真:松隈直樹

プロフィール

山内 史子

紀行作家。1966年生まれ、青森市出身。

日本大学芸術学部を卒業。

英国ペンギン・ブックス社でピーターラビット、くまのプーさんほかプロモーションを担当した後、フリーランスに。

旅、酒、食、漫画、着物などの分野で活動しつつ、美味、美酒を求めて国内外を歩く。これまでに40か国へと旅し、日本を含めて28カ国約80件の世界遺産を訪問。著書に「英国貴族の館に泊まる」「英国ファンタジーをめぐるロンドン散歩」(ともに小学館)、「ハリー・ポッターへの旅」「赤毛のアンの島へ」(ともに白泉社)、「ニッポン『酒』の旅」(洋泉社)など。

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