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連載企画

世界の"世界遺産"から

第86回 古代の都は現代の癒やしの地……。 2016年11月22日

京都とならぶ、日本の世界遺産密集地帯の奈良では現在、「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」が暫定リストに記載されて未来の登録を目指している。6世紀末から8世紀初頭にかけてこの地に都があった、飛鳥時代の史跡の数々がその資産である。

そのひとつ、橿原市に広がる「藤原宮跡」を訪れた際の感動は、今も鮮やかに蘇る。一部柱が再現された周辺を歩き、地図を片手に場所を確認するうち目にとまったのは「香具山」の文字。

春過ぎて夏来にけらし白妙の 衣干すてふ天の香具山
小学生の頃に一生懸命に覚えた、百人一首の句が胸をよぎる。詠み人は、藤原宮の造営に着工した持統天皇。当時は外国よりも遠い、現実から離れた世界を思っていたが、時を経て彼女と同じ景色を眺めているのが嬉しくてならず、妄想好きは思わず涙ぐんでしまった。

橿原市に隣接する明日香村でも、心は躍りっぱなし。聖徳太子生誕の地といわれる「橘寺」、蘇我馬子が開設した国内初の本格寺院「飛鳥寺」、馬子の墓だとされる「石舞台古墳」などなど、超メジャー級の人物とゆかりある史跡が点在していて、まるで日本史の教科書をめくっているかのよう。そのなかでも感慨深いに思いにかられたのは、「伝飛鳥板蓋宮跡(でんあすかいたぶきのみやあと)」。645年に中大兄皇子と中臣(藤原)鎌足が蘇我入鹿を謀殺したクーデーター「乙巳の変(いっしのへん)」が起き、「大化の改新」の発端となったといわれる場所だ。幼心にインパクト大だった事件の場に立っているのが信じられず、またまた妄想全開となった。

面白いのは、これほどの重要な史跡群が、明日香村ののどかな田園風景の一画にさりげなく溶け込んでいること。景色の向こうを子供たちが駆けていくのが目に入れば、現代と過去がひとつに交わっているかのような気分にかられる。江戸時代から既に、このあたりを万葉や古墳に興味のある人たちが旅をしていたというが、歴史的な重みもさることながら、実に気持ちのいい風が吹き、すうっと心が鎮まる感があったのも印象深かった。

交通の便や水、日当たり、肥沃な土地といった物理的な理由以外に、かつての人々は第六感的ななにかを得て都を選んでいたのではないだろうか。実際、癒やしを求めてこの地を訪れる人は多いそうだ。先々、世界遺産登録がかなった後は一気に観光客が押し寄せるはずだが、できればその前に、このやわらかな世界にひたっていただきたい。

総重量約2300トンの石が使われた石舞台古墳。 写真:松隈直樹

総重量約2300トンの石が使われた石舞台古墳。
写真:松隈直樹

皇極天皇の命により建築された伝飛鳥板蓋宮跡。 写真:松隈直樹

皇極天皇の命により建築された伝飛鳥板蓋宮跡。
写真:松隈直樹

プロフィール

山内 史子

紀行作家。1966年生まれ、青森市出身。

日本大学芸術学部を卒業。

英国ペンギン・ブックス社でピーターラビット、くまのプーさんほかプロモーションを担当した後、フリーランスに。

旅、酒、食、漫画、着物などの分野で活動しつつ、美味、美酒を求めて国内外を歩く。これまでに40か国へと旅し、日本を含めて28カ国約80件の世界遺産を訪問。著書に「英国貴族の館に泊まる」「英国ファンタジーをめぐるロンドン散歩」(ともに小学館)、「ハリー・ポッターへの旅」「赤毛のアンの島へ」(ともに白泉社)、「ニッポン『酒』の旅」(洋泉社)など。

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