ワケあってここしばらく、フランス革命について猛烈に勉強しなおしている。関わる人々がそれぞれに理想を抱いて道を歩む姿は時に切ないが、そこに打算が見え隠れすると実に興味深いドラマが生まれ、資料読みはたいそう楽しい。当然ながらその歴史物語のなかでもっとも輝かしいスポットが当たっているのは、王妃マリー・アントワネットだ。舞台が暗転してからの毅然とした態度をあらためて感慨深く思ったが、彼女にも増して今回心を惹かれているのが、正直なとことこれまでまったく関心を抱いていなかった夫ルイ16世の存在である。
漫画界の金字塔を打ち立てた「ベルサイユのばら」の影響もあり、昔から思い描いていたのは、ずんぐりむっくり、気立てはいいが冴えない男性像。おそらく多くの方が、同様のイメージを持っているのではなないか。ところが、実際の彼の身長は190センチほど。背が高ければいい、というものではないが、脳内の情景が根底から覆される。
オタク的だと揶揄の対象にもなっていた趣味の錠前づくりは、科学的知識が深くなければできないという。明記は避けるが、よく言われる男性としての身体的な欠陥は、マリー・アントワネットの兄ヨーゼフ2世が綴った手紙から事実ではないと判明しているそうだ。マリー・アントワネットが過剰に浪費したのは確かながら、国家財政が破綻しかけていたのは、ルイ16世がアメリカ独立戦争を支援したのが大きく影響したからとの話は、お恥ずかしながら初めて認識した。ルソーほか、進歩的な思想にも深く理解あったとか。
語学は堪能。ただし豊かな感情表現や洒落た会話はあまり得意ではなく、国王となった際の神への誓いを誠実に貫こうとしたがため、あらたな時代の流れへの臨機応変な対応ができなかったが、人を思いやれる温かさも持っていた……。かのロベスピエールとて当初は立憲君主制を想定していたというから、ルイ16世がもう少ししたたかな悪いヤツだったら、ギロチンにはかけらずに済んだのかもしれない。
過日、東京で開催された集まりで、三村申吾青森県知事が冗談交じりで嘆いていらした。青森といえば「津軽海峡冬景色」、みんな無口……。そんな公式が、今なお広く浸透していると。一度、世間にしみついたイメージを転換するのは難しい。世界遺産・ヴェルサイユ宮殿最後の王ルイ16世の凡庸な姿もまた、200年以上語り継がれてきただけにリセットは容易ではないだろう。にわかファンは少々やきもきしつつ、ルイルイ自慢を酒場で繰り返す今日この頃である。

1789年、民衆がヴェルサイユ宮殿へとパンを求めて押しかけた際、ルイ16世とマリー・アントワネットは中央の2階のバルコニーへと出ることを余儀なくされた。
写真:松隈直樹

悲劇的な未来が待ち受けるとも知らず、ルイ16世とマリー・アントワネットが挙式した礼拝堂。
写真:松隈直樹