竪穴式住居を所有している団体として、認識されている我々、縄文友の会ですが。
認識されているというよりは、「何で、一般住宅の庭に竪穴式住居があるの!?」と、認識したくないものが存在している……団体だと思うのです。
うちの団体の凄いところは、みんながそれぞれ勝手に、
縄文人みたいなところだと思うのです。
放っておけば、竪穴式住居建設隊長のNさんは、山に行って赤松の巨大な間伐材を軽トラ一杯拾って来ちゃうし。しかも、丸太をわが家の庭に持ち込んで、舎弟を引き連れ、『中野式マキワリ太郎』という謎の薪割りアイテムで、ガンガン割っていく人なのです。
我々の企画したイベントでは、本当にたくさんのかがり火を焚きました。「やっぱり、縄文の祭りは火でしょう!?」という、単純な考えで計8台のかがり火を焚かせて頂いたのですが。これを(史跡で火をガンガン焚くことを)許してくれた青森県には、本当に感謝してもしきれないくらいです。
そして、我々友の会には、現役のシャーマンがおるのです。
友の会の専属シャーマンである舞踏家の雪雄子さんは、舞踏を踊ることによって、私たちの思い描いている以上の世界をその場に表出するシャーマンです。
彼女の思い描く縄文を現実にするために、私は2009年、「シャーマネ」(シャーマンのマネージャー。)として現代人とシャーマンの橋渡しをしていたのです。
シャーマネの仕事というものは、非常に過酷…というか大変なものでした。
まず、三内丸山遺跡の六本柱を指さして、
「あそこに、太鼓の人を置いて、下から照明を当てて欲しいんですけど」
と、いとも簡単に言ってのける雪雄子さん。ろろろ、六本柱の上で太鼓叩くんですか!?
「そんな危険なことをするなら、俺は降りる!!」
と、照明の方がハッキリと言ってくれたおかげで、六本柱に人を載せる交渉まではせずに済んだのですが。
わが家のシャーマンが言うくらいなら、きっと六本柱は盆踊り的な太鼓のやぐらに使われていたのかもしれませんね。縄文人の盆踊りは、きっとエキサイティングだったのでしょう。
シャーマネの仕事は、現代人とシャーマンの間に入って、シャーマンの言うことを現代人にわかりやすく伝えること…。
もしも三内丸山遺跡で『全日本シャーマン大会』という、日本中のシャーマンが三内に集まるようなイベントが開かれたら、一体何をすればいいのかと思いますが。
とりあえずは、巨大な火を焚いて、鮭十本とか熊一頭とかをお供えしなければいけないような気がした私は、もう立派な「シャーマネ」なのかもしれないのです。