去る7月にポーランドで開催された第41回世界遺産委員会で、「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」が登録された。星野之宣氏の「宗像教授シリーズ」(小学館/縄文や青森ネタ多数)をこよなく愛するわたくしは、記念にという理由をつけて全巻読み返し、仕事に支障が生じたのだが、同時期にイギリスでも新たな世界遺産が誕生したのをご存じだろうか。スコットランドの北に広がる「イングランドの湖水地方」だ。
文字通り大小の湖が点在し、昔から夏の避暑地として知られたエリア。現在もなおイギリス有数の美しい景色が広がり、国内外から数多くの観光客が集まる。実は1987年には複合遺産(文化遺産と自然遺産の双方に適合)、1990年には文化遺産として推薦されたが見送られ、今回ようやく文化遺産として認められた経緯があるゆえ、彼の地の方々の感慨はひとしおだろう。仕事を含めてこれまで幾度となく訪れている馴染みの場所だけに、個人的にもとても嬉しい報せとなった。
氷河期に形成されたダイナミックな地形、ローマ時代から継がれてきた独自の共同体が残る羊の牧畜など、世界遺産登録に至った文化的背景は複数にわたるが、1895年設立の自然保護団体「ナショナル・トラスト」もまた、忘れてはならない存在だ。創設者のひとりハードウィック・ローンズリー牧師と親交があったのがビアトリクス・ポター。前置きが長くなってしまったが、「ピーターラビットのおはなし」の作者である。
彼女が生きた19世紀は、産業革命を経て大英帝国がもっとも華やいだ頃。馬車や馬(あるいは徒歩)での移動は鉄道や自動車に取って代わり、ランプが灯されていたほの暗い空間は電気が煌々と照らすようになり……。携帯の新機種登場や家電製品の進化が日常となったわたくしたちの想像が及ばないほど、当時の人々は劇的な暮らしの変わりように感動したに違いない。
喜びをともなった時代の波は首都ロンドンから遠く離れた湖水地方にも寄せていたが、その状況に危機感を抱き、景色を守ることに尽力を注いだのがローンズリー牧師やポターだった。彼女の思いと先見の明を端的に表すため、手紙の一部を引用したい。
「開発による俗化の手から私たちの湖水地方を守ろうという活動は、世のためであると確信しています。なぜなら、啓蒙が進むに連れて、手つかずの自然の美しさが見直される時がきっと来るはずで、その時にはすでに手遅れになっていたら残念だからです」(「ビアトリクス・ポターの湖水地方」ナショナル・トラスト刊より)
そんなポターの活動の礎をつくったのが、ピーターラビット。お母さんのいいつけを守らないいたずらうさぎが、世界遺産に至る道筋を切り拓いたといっても過言ではないのだが、続きはまた次回に。

一帯では最大の湖「ウィンダミア湖」
写真:松隈直樹

湖水地方の道路では車よりも羊が優先
写真:松隈直樹