しばらくイギリスのお話が続いたが、今回は今ひとたび、モロッコへと戻りたい。目指すのは以前ご紹介したマラケシュからアトラス山脈を越えた向こう側、サハラへと続く南のエリアである。移動当日は、朝5時出発。山越えだけでも半日要する上、目的地はそこからさらに半日かけて進むアルジェリアにほど近いメルズーガ村の先。念のため、通勤時の交通渋滞を避けての早起きとなった。
標高が上がるうちに、桜咲くのどかな田園風景は少しずつ岩肌がむき出しの山へと変化し、寂しさを増していく。遠くに見える山頂は雪で白く染まり、標高2000mを越える頃には、ダウンを着ていても凍えるほどの冷たい風にさらされた。前日、30度の街中を歩いていたのがウソのよう。
その後は、砂地と奇っ怪な形の岩が織りなす、荒涼たる景色。わたくしがもっとも好きな映画のひとつ、ベルナルド・ベルトリッチ監督の「シェルタリング・スカイ」のそのままの眺めに、うっとり。脳内では、坂本龍一の音楽がエンドレスで響く。下方をごっそり、なにかに削り取られたかのような岩山を目にしながら、何億年も昔にここで起きたであろう大地の変動を思う。妄想は尽きない。長時間の移動ゆえ途中で眠ればいいやと考えていたのだが、結果として一睡もしなかった。
道中、時折見かけたのは、日干しレンガで作られた住居が集まった、カスバと呼ばれる要塞のような集落。なかでもひときわ美しさを放っていたのは、世界遺産に登録されたアイト・ベン・ハッドゥだ。砂のなかの楽園。その歴史は中世まで遡り、砂漠を行き交う隊商の拠点としても賑わった全盛期には、1000人以上もの人が暮らしていたという。
結局、メルズーガ村に着いたのは夜のとばりが降りた頃。暗闇のなか車を飛ばし、砂漠のキャンプへ。翌朝は、隊商気分でラクダに乗ってサハラを行く。馬よりも背が高く心許ないが、その分、遠くまで見渡せて気持ちがいい。砂しかない世界で、アイト・ベン・ハッドゥラクダの背中で木々の緑を目にしたときの、人々の安堵と喜びを思う。ラクダから落ちないように力をこめていたせいで、お尻の皮がむけたのはナイショ。
旅の記念に持ち帰ったのは、自分で採取した化石。といっても、特別な道具を揃えて時間をかけたわけではない。キャンプからほど近い場所、車を降りてわずか3歩で、小さいながらもアンモナイトを見つけたのだ。三葉虫の跡らしきものもある。ここにも、あそこにも。原稿地獄の最中には、海だった時代のその置き土産を手にし、過去へと思いを馳せている。

アイト・ベン・ハッドゥには今も数家族が住む。
写真:松隈直樹

ゆっくりと歩くラクダは意外にも快適な乗り心地。
写真:松隈直樹