年に2回、無性にカニが食べたくなる時期がある。まずは、春。トゲグリガニと毛ガニが、脳内を席巻する。カニを山積みにしたリヤカーが欠かせない存在だった、かつての弘前さくら祭りを知るわたくしにとって、桜前線の北上はほかの方たちとは違う意味で心を揺さぶるのだ。もうひとつは11月上旬、北陸のカニ漁解禁の報せが届く頃。お目当ては高値のオスではなく、香箱と呼ばれる卵を秘めたメスガニ。なかでも、甲羅に身と卵をぎっしりつめた金沢おでん「カニ面」が恋しくなる。
その金沢では現在、「城下町金沢の文化遺産群と文化的景観」の世界遺産登録暫定リスト入りを目指した活動が進められている。提案の主軸は、加賀百万石の時代に花開いた伝統工芸と、川や山などの地形と城下町の構造。金沢城跡や兼六園、ひがし茶屋街として知られる「東山ひがし重要伝統的建造物群保存地区」などが資産に含まれている。
そんな古きよき時代の景色とともに地元の人々の生活に根付いているのが、千利休に師事し、当代きっての茶人といわれた初代・前田利家から受け継がれてきた茶道。ごく限られた人の嗜みではなく、若い世代でも「週末にお茶しない?」という気軽な誘いが頻繁にあるほど、日常的な存在だという。一方で「金沢21世紀美術館」に展示された現代アートも、当初こそ反対されたが、今では旅人をもてなす場所のひとつとして定着。優れていれば新旧関わらず未来へと継いでいこうという姿勢が、この街では広く深く浸透しているのが面白い。
訪れるなら、前市長・山出保氏の著書「金沢を歩く」(岩波新書)をはじめ、事前に金沢の人々の思いにふれると、俄然、眺めに奥行きが生じる。とはいえ、青森の皆さまの多くは、わざわざ雪のある地域には行きたくないと思われることだろう。しかしながら、カニ以外にもブリや甘エビなど、青森県の海の幸とは異なる美味がいっぱい。五郎島の金時芋をはじめ加賀野菜もこれからの季節、金沢の台所と呼ばれる近江町市場に数多く並ぶ。
美味だけではなく、伝統工芸品もまた冬場に映える。友禅や九谷焼、金箔など、彼の地の伝統工芸品は艶やかな色合いのものが多いが、これには1年を通して曇り空が続き、冬場は雷が多発する独特の気候が影響しているとも。「モノクロに近い冬の景色のなかで、人々が自然に求めて癒やされたのが、独自の華やかな世界だと思うんです」という九谷焼の老舗店主の言葉が忘れがたい。
カニの紅色もまた、舌だけではなく目をも楽しませてきたのかもしれない。未来の世界遺産候補を彩る鮮やかな色の競演を、美味とともにぜひ、雪降る街でご堪能いただきたい。

冬は木々の雪釣りが景色のアクセントになる兼六園。
写真:松隈直樹

ひがし茶屋街を散策中、三弦の音が聞こえることも。
写真:松隈直樹